第8回目は『 entry07 』の続きです。
【 少年少女 世界の名作文学7 イギリス編 】🍀
宝島 『 entry 06 』の続き
作 者/ロバート・ルイス・スチーブンソン氏
訳 者/近藤 健(けん)氏
第一章 老海賊
( 二 )“ 黒犬 ” 現れる
ぼくが酒を持ってもどったときは、ふたりはにらみ合いながらも、朝めしのテーブルに向かい合って腰かけていた。が、それにしても “ 黒犬 ” がドアの近くに斜めにかけているのは、いざというときにすぐ逃げだせるように、用心してのことのように見えた。
その “ 黒犬 ” が、
「 よし、ぼうや。酒を置いてあっちへ行ってな。おれたちはひさしぶりにゆっくり話したいんだよ。かぎ穴なんかからのぞいたりすると、承知しねえぞ。わかったな!」
と、あごをしゃくった。
ぼくはすぐ、帳場のほうへ引きさがった。
とはいうものの、やっぱりそっちのほうが気になってしかたがない。なんとかして・・・・と、聞き耳をたてたが、べらべらしゃべり合っている声はとても小さくて、なかみは聞きとれなかった。
そのうちいい争いになったらしく、声はときどき大きくなった。
「 ふん。そんな話はもうよさねえか!」
それからまたすこしたって、
「 あたりめえよ! しばり首になるなら、みんないっしょにやってもらおうじゃねえかよ! 文句があるのかよ!」
「 なんだとっ、ふざけるな!」
声といっしょにいすやテーブルの引っくりかえる音がした。つづいてガチッ ガチッと聞こえるのは、どうやら刀を打ち合ってでもいる音だろう。ぼくはこわくなったが、それでもやっぱり見たかった。
と、とつぜん
「 あっ!」
悲鳴が起こった。
その声を聞いたそのとたん、ぼくは恐ろしくなって帳場をとびだした。
「あっ?」
すぐぼくの目についたのは、肩から血を流した “ 黒犬 ” が、あわてて外へ逃げだす姿だった。つづいて “ 船長 ” がそれを追いかけた。
「 やろうっ、待て!」
追いついた “ 船長 ” が刀を振りおろした。と、ガツッとにぶい音がした。ぼくはおもわず目をつぶった。その目をおそるおそるあけてみると、“ 船長 ” の振りおろした刀は、どうやら “ ベンボー提督亭 ” と書いた看板に切りつけたらしかった。
それで、あやうく命びろいをした “ 黒犬 ” が、背中をまるめて矢のように逃げていくのが見えた。
「 ちくしょう、逃がしてしまったよ!」
“ 船長 ” は血のついた刀をぶらさげて、はあはあと、肩で苦しそうな息をしながらもどってきた。
「 あの・・・けがは? 」
「 そんなことより、ジム! おれは、もうここにはいられねえかもしれねえ・・・・・。おい、ラムだ! 」
どなった “ 船長 ” は、きゅうにめまいでもするのか、よろめくからだを壁に手を当ててささえた。と思うとつぎの瞬間、ぐらっと、まるでくずれるように床の上にのびてしまった。
騒ぎを聞きつけて、母も二階から降りてきたが、このありさまに顔色を変えた。
「 なんということだろう。おとうさんが重病だというのに、こんな大騒ぎなどされてしまっては・・・・。 」
もう半分泣いている母の顔を見ると、ぼくも悲しくなってきた。
それにしても “ 船長 ” は、ぶったおれたままになっている。どこかを切られたのかもしれないが、どんな手当てをすればよいのか見当もつかない。
ぼくはともかく大いそぎでラム酒を持ってきて、“ 船長 ” の口に流しこむことにした。
が、ぐっと歯をくいしばったままの “ 船長 ” の口は、石のようにかたくてすこしも開かなかった。顔はどす黒い色に変わって、目もつぶったままだった。
ぼくも母も、ただその場に立ちすくんだままでいた。
と、ちょうどそこへリブジー先生が、父の診察にはいってきてくれた。まったく、天の助けのような気がした。
ぼくは、かいつまんで事件のあらましを先生に話した。
「 うーん、このばか者どもが・・・・。 」
先生はおこったような顔をしながらも、“ 船長 ” の横にしゃがんで診察を始めた。ぼくもその横にしゃがんだ。
「 先生、どこを切られたんですか? 」
「 切られたかって? これはけがなんかじゃないよ。」
「でも、こうして死んだように動かなくなって・・・・。」
「 うーん。これは高血圧で・・・つまり、中風という病気だよ。わたしが注意したように、酒の飲みすぎからね・・・。さあ、おかみさん、あなたは二階のご主人をみてあげなさい。なるべくなら、このことはご主人の耳には入れないほうがいいですね。わたしはともかく、このやくざ者の命を助けるために、できるだけのことはやらねばならんので・・・。おいジム、いそいでかないだらいを持ってきてくれないか。」
ぼくがかないだらいを持ってもどると、先生は “ 船長 ” のそでを切り開いて、太い腕を出していた。その腕には、あっちこちにいれずみがしてあった。“ 大吉 ” とか “ 追い風 ”.とか “ ビリー・ボーンズの幸運 ” とかの文字だった。が、さらに肩から背中にかけては、首つり台とそれにぶらさがっている男の絵が、あざやかな色で浮き彫りされていた。
「 うーん、ばかな・・・・。まるでじぶんの運命を見せているようなものだな。」
先生は、指先でその絵をちょっとさわってからからだを引きよせると、メスで腕の血管を切り開いた。
どす黒い血が、かないだらいの中にだらだらと流れた。
“ 船長は ” やっとうっすら目をあけて、あたりを見まわした。その目に、まず先生の顔がうつると顔をしかめた。が、つづいてぼくの顔を見ると、ほっとしたようにからだをよじって起きあがろうとあせった。
しかし、とてもそれができないとわかると大声で叫びだした。
「 “ 黒犬 ” ! “ 黒犬 ” はどこだ!」
「 おい、“ 黒犬 ” なんかここにはおらんよ。」
と、先生は病人のからだを押さえながら、
「 きみはな、ラム酒を飲みすぎて中風にかかってしまったんだぞ。だからこのまえあれほど注意したじゃないか、ボーンズ君ーーー。」
と、ちょっとえがおをつくった。
「 おれはそんな名じゃねえ。」
“ 船長 ” がそっぽをむいた。その声には力がなかった。
「 そうか。これはわたしの知っている海賊の名だったな。呼びやすい名だから、そうゆうことにしてもらおう。ところで、きみにもう一度いっておくぞ。もう絶対ラム酒を飲むな、ということだよ。一杯ぐらいなら、死ぬようなこともないだろう。だが、一杯飲めばもう一杯、もう一杯とやりたくなるのが酒だ。ーーーもっとも、死んでもいいというなら、いくら飲もうとかまわないがね・・・・。」
“ 船長 ” は聞いているのかいないのか、うんともすんともいわなかった。
それからしばらくして、先生とぼくとで “ 船長 ” を二階のへやへかつぎあげることになった。動けない病人は大きなからだだけに、ベッドに寝かすまでには大騒ぎだっだ。
やがて、“ 船長 ” の眠ったのを見とどけてから先生はぼくにいった。
「 たっぷり血をとってやったから、しばらくは静かにしてるだろう。このまま一週間ぐらいは寝てないといけないんだ。もし、またきょうのような倒れ方をしたら、そのときはもうおしまいだよ。ーーーさ、遅くなってしまったが、おとうさんのほうをみることにしよう。」
先生は静かに父のへやにはいった。
次回へ続きます。
著 者/ロバート・ルイス・スチーブンソン氏
訳 者/近藤 健( けん )氏
大正2年、秋田県に生まれる。
日本児童文芸家協会会員。主な著書に、《 はだかっ子 》
《 一本道 》等がある。
少年少女 世界の名作文学7 イギリス編
発 行/昭和40年9月20日
発行所/株式会社 小学館
©️ 名作選定委員会