第46回目は《 青柳/entry43 》の続きです🍀
【 日本文学全集8 徳田秋声集 】
著 者/徳田 秋声氏
あらくれ
六
お島は作との縁談の、まだ持ちあがらぬずっと前から、よく養母のおとらに連れられて青柳といっしょに、大師さまやお稲荷様へ出かけたものであった。天性( うまれつき )目性( めしょう )のよくないお島は、いつのころからこの医者に時々かかっていたか、はっきり覚えてもいないが、そこにいたお花という青柳の姪にあたる娘とも、遊び友だちであった。
おとらは時には、青柳の家で、お島と対の着物をお花に拵( こしら )えるために、そこへ反物屋( たんものや /1 )を呼んで、柄の品評( しなさだめ )をしたりしたが、仕立てあがった着物を着せられた二人の娘は、近所の人の目には、双児( ふたご )としかみえなかった。おとらは青柳と大師まいりなどするおりには、初めはお島だけしか連れていかなかったものだが、たまにはお花をも誘いだした。
お花という連れのある時はそうでもなかったが、自分一人のおりには、お島は大人同志からは、まるで除( の )け者にされていなければならなかった。
「 じゃね、小父( おじ )さんと阿母( おっか )さんは、ここで一服しているからね。お前は目がわるいんだからよくお詣りをしておいで。ゆっくりでいいよ。阿母さんたちはどうせ遊びに来たんだからね。小父さんもせっかく来たもんだから、お酒の一口も飲まなければつまらないだろうし、阿母さんだってたまに出るんだからね 」
おとらはそう言って、博多と琥珀(こはく)の昼夜帯( ちゅうやおび /2 )の間から紙入れ( かみいれ /3 )を取り出すと、多分のお賽銭をお島の小さい蟇口( がまぐち /4 )に入れてくれた。そこは大師から一里も手前にある、ある町の料理屋であった。二人はその奥の、母屋から橋がかりになっている新築の座敷の方へ落ち着いてから、お島を出してやった。
それはちょうど初夏ごろの陽気で、肥ったお島は長い野道を歩いて、背筋が汗ばんでいた。顔にも汗がにじんで、白粉の剥げかかったのを、懐中( かいちゅう /5 )から鏡を取り出して、直したりした。山がかり( 6 )になっている料理屋の庭には、躑躅(つつじ)が咲き乱れて、泉水に大きな鯉が絵に描いたように浮いていた。始終働きづめでいるお島は、こんなところへ来て、たまに遊ぶのはそんなに悪い気持ちもしなかったが、落着きのない青柳や養母の目色を候( うかが )うと、何となく気がつまって居づらかった。そして小さいおりから母親に媚( こ )びることを学ばされて、そんなことにのみ敏( さと /7 )い心から、ひとりでにことさら二人に甘えてみせたり、燥( はしゃ )いでみせたりした。
「 ええ、よござんすとも 」
お島は大きく頷( うなず )いて、威勢よくそこを出ると、急いで大師の方へと歩きだした。
町には同じような料理屋や、休み茶屋がほかにも四五軒目に着いたが、人家を離れるとじきに田圃道( たんぼみち )へ出た。野や森は一面に青々して、空が美しく澄んでいた。白い往来には、大師詣りの人たちの姿が、ちらほら見えて、ある雑木林の片陰などには、汚い天刑病( てんけいびょう /8 )者が、そこにもここにも頭を土に摺( す )りつけていた。それらのある者は、お島の迹( あと )から絡( まつ )わりついてきそうな調子で恵みを強請( ねだ )った。お島はどうかすると、蟇口を開けて、銭を投げつつ急いで通り過ぎた。
1.反物屋( たんものや )/一反( いったん )ずつになっている織物を売っているお店。
~ 辞書より ~
2.昼夜帯( ちゅうやおび )/表と裏を異なる布で仕立てた女帯。もと、黒ビロードと白繻子( しろじゅす )とを合わせて作られたところから、白と黒を昼と夜にたとえてできた語。
~ コトバンクより ~
3.紙入れ( かみいれ )/外出するときに鼻紙などを入れて携帯する用具。札入れ。
~ 辞書より ~
4.蟇口( がまぐち )/口金のついた銭入れ。
~ 辞書より ~
5.懐中( かいちゅう )/ふところやポケットの中。また、そこに物を入れること。
~ 辞書より ~
6.山がかり/山のふもと・山のすそのあたり。あるいは、平地から移動していって、山道にさしかかること。
~ Y!知恵袋/rin☆☆☆☆☆☆さんより ~
7.敏い( さとい )/判断が鋭く的確だ。物事の理解が早く、敏感だ。
~ 辞書より ~
8.天刑病( てんけいびょう )/ハンセン病。
~ weblioより ~
次回へ続きます。
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小さい時から母親に媚びることを学ばされるというのは、とても辛いことですね。大人になっても気持ちの良いことではありませんけど。
Sakuya ☯️
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日本文学全集8 徳田秋声集
発 行/昭和四十二年十一月十二日
©️ 1967
発行所/株式会社 集英社