第 64 回目は《 昔の仲間/entry08 》の続きです🍀
少年少女
【 世界の名作文学7 イギリス編 】
宝島
作 者/ロバート・ルイス・スチーブンソン氏
訳 者/近藤 健( けん )氏
第一章 老海賊
《 昔の仲間/entry08の続き 》
( 三 )“ 黒まる ”と“ 船長の死 ”
その昼頃、僕は冷たい飲み物と薬を持って、“ 船長 ” の部屋へ行った。血を採られた “ 船長 ” は弱ってはいたが、それでも気が立っているらしい目付きだった。僕を待っていた、というように、
「 おいジム、おめえはいい子だよ。ここでまともに相手にできるのは、おめえだけだよ。だからおれはいままで、かわいがってきたんだよ。わかるだろう・・・・。だったらおれに、ラムを一杯持ってきてくれないか。な、頼むよ! 」と、弱々しい声でいった。
「 でも、先生が・・・・。」
僕が言いかけると “ 船長 ” は目をぎょろつかせ、声は低いが、激しく先生の悪口を言い始めた。
「 だいたい医者なんてやつは、どいつもこいつもばかやろうばかりだよ。あんなやぶ医者に、船乗りのことがわかってたまるもんかい。おれはな、どんな苦しいときだって、ラムで命をつないできたんだぞ。そのラムが飲めねえとなりゃ、おれおめえにたたってやるぞ。あのやぶ医者のばかやろうにもよ。ジム、ほら、おれの指がこんなにもふるえてるだろう・・・・。じっとしていられねえんだよ。」
なるほど、目の前に翳( かざ )したその手は、小刻みに震えていた。
「 なあ、ジム。このとおりふるえが止まらねえんだよ。きょうはまだ一滴もやってねえんだからよ。どうしても飲ませねえとなりゃあ、おれはアルコール中毒を起こすぜ。いや、もういくらか起こりかけてるんだ。断っておくが、おれはこれまで、乱暴な暮らしをしてきた男だよ。中毒を起こすとなると、えらい騒ぎを起こすことにもなるんだぜ。なあ、ジム、あの医者だって、一杯ぐらいならなんてこともねえっていったじゃねえかよ。一杯持って来たら、一ギニーの金貨をやるからよ! 」
まるで、泣かんばかりの頼みようだ。
僕は、こうまでして頼み込む “ 船長 ” が、ちょっとばかり可哀想になった。それに、もし暴れられでもしたら、重体の父に障( さわ )りはしないかと心配にもなった。
「 金なんかいらないよ。でも、一杯だけだよ。それっきりだよ。いいね! 」
僕は何度も念を押してから、持って来てやった。
“ 船長 ” は、それを貪るように飲みほすと、いくらか落ち着いた声でいった。
「 うーん、ちったあよくなったよ。ーーーーところでジム、あの医者は、おれがどのくらい寝てなけりゃならないっていいやがった? 」
「 せめて、一週間ぐらいといってたよ。」
「 なに、一週間だと・・・・。そんなこたあできねえよ。それまでにゃ、やつらが “ 黒まる ” を持ってくるにきまってるよ。ちぇっ、じぶんの分けまえを使いはたして、おれの分まで取ろうなんて・・・・。ろくでなしやろうどもがよ。
だが、そんな手にひっかかってたまるもんかい。ふん、もう一度、やろうどもにあわをふかしてやらねえと・・・・。」
“ 船長 ” はまた興奮してきた。
「 “ 黒まる ” ってなんなの、“ 船長さん ” ? 」
「 呼び出し状だよ。ーーーーけんかの申し込みよ! そうだ、いまのうちにおめえに頼んでおこう。いいか、もしおれが、どうにも逃げられねえうちに、やつらから “ 黒まる ” をつきつけられたら・・・・。やつらのねらっているのは、おれのあの箱なんだからな。おめえ、馬に乗れるか? ーーーそうか、よし、馬に乗って、あのやぶ医者のところへとぶんだ。
いまいましい医者だが、しかたがねえ。そして、判事だの、役人だのをみんな集めてくれって話すんだぞ。そうすりゃ、ここへ乗り込んできて、やつらをみんなひっとらえてくれるだろう。ーーーーおれはな、こう見えても、フリント親分の船の副船長だったんだぞ、海の王者と恐れられたフリント親分のよ。ーーーーで、いまでは、あそこを知っているのは、おれひとりなんだ。フリント親分がよ、サバンナで、ちょうどいまのおれみたいに死にかかっているときに、あれを、おれにくれたんだよ。この世にふたつとねえ、たいせつな品物をよ・・・・。だからな、医者のところに知らせに走るのは、やつらが “ 黒まる ” を持ってきたか、でなかったら、あの “ 黒犬 ” か、“ 一本足の船乗り ” が姿を現すかの、最後のときの話なんだぞ。それまでは、うっかり行くんじゃねえぞ。ーーーいいな! やつらが来たら、すぐ合図をするから、おめえのほうも油断なく見張っていてくれよ。そのかわり、いまにおめえにもきっと、宝をわけてやるからな・・・・。」
“ 船長 ” はその後も、暫く、訳の分からないことを話していたが、その声は段々弱ってきた。
僕が薬をやると、顔を顰( しか )めて、
「 ちぇっ、情けねえ。船乗りで薬を飲むなんて、おれぐれえなもんだろ。」
しかし、子供のように素直に飲みほすと、とうとう死んだように眠ってしまった。
僕は、“ 船長 ” の寝顔を見ながら、些( いささ )か後悔した。“ 船長 ” の話にでてきたフリントというのは、子供でも知っている有名な海賊だった。だからこの “ 船長 ” も、やっぱり海賊だったのだ。すると、そんな秘密を聞いてしまったのだから、僕も、誰かに狙われるのではないだろうか。そんな怖さもでてきた。
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倒れてしまってもラム酒が飲みたいなんて、船長のラム酒好きには参りますね。
それはそうと、海賊のフリント親分が、“ 船長 ” にあげたこの世に二つとない品物とは、何なのでしょうか?
Sakuya ☯️
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次回へ続きます
訳者紹介
近藤 健( けん )氏
大正2年、秋田県に生まれる。
日本児童文芸家協会会員。主な著書に「 はだかっ子 」「 一本道 」等がある。
少年少女世界の名作文学第7巻 イギリス編
発 行/昭和40年9月20日
発行所/株式会社 小学館
©️ 名作選定委員会