第 69 回目は《 黒まる/entry64 》 の続きです🍀
少年少女
【 世界の名作文学7 イギリス編 】
作 者/ロバート・ルイス・スチーブンソン氏
訳 者/近藤 健( けん )氏
宝 島
《 黒まる/entry64 の続き 》
( 三 )黒まると “ 船長 ” の死
ところがその晩のことだった。父が、全く不意に死んでしまったのだ。悲しみに打ち拉( ひし )がれてしまった僕は、もちろん他のことはみんなそっちのけになってしまった。頭のなかは、ただぼうっとしていた。
それから近所の人達が御悔やみに来てくれるし、葬式の用意等で急に忙しくなった。もちろん “ 船長 ” のことなど考える暇もなかった。“ 船長 ” は父の死を知ったせいか、おとなしかった。あくる朝は、よろめきながらも自分から一階に降りてきたし、ほんの少しだが食事もした。
僕はそれでいくらか安心したが、しかし、あとで考えるとそれが失敗だったのだ。“ 船長 ” は皆が葬式の用意に掛かっているのを幸いに、自分で勝手にラム酒を持ち出して飲んでいたのだ。
葬式の前の晩にしても、“ 船長 ” は酔っぱらっていた。そして、家中が深い悲しみに閉ざされているなかで、あの嫌な船歌を歌いまくっているのだから、全く醜い物だった。
といって、弱っているという物の、この “ 船長 ” はやっぱり怖かった。おまけにリブジー先生は遠くに病人がいて、父が死んでからは顔を見せてくれなかった。
そんなことから酒を飲み続けている “ 船長 ” の体は、みるみる衰えていくのが僕にもよくわかった。それでいて匍( はう )ようにして二階へ上がったり、壁に摑まってやっと降りてきたりして、酒場の中をうろうろしていた。
時には、はあはあと肩で息をしながら、窓から首を出して酒の匂いを嗅いでいることもあった。
やっと葬式も済んで、その翌日の午後であった。
特に寒い日だったが、僕は入り口の前に立って遠くの山を眺めながら、かなり長い間悲しい父の思い出に耽( ふけ )っていた。と、誰かがのろのろとこっちへやって来るのに気が付いた。
変な格好の男だった。杖で地面をコツコツと叩いて歩いていた。目の辺りを緑色の切れで隠しているところをみると、盲( めくら )に違いなかった。年寄りのせいか、それとも病気のせいか、丸い背中は傴僂( せむし )のようにも見え、古ぼけたぼろのマントを着ている姿は、どう見ても不格好な乞食だった。
その男は僕の少し前で立ち止まった。と、変な声を張り上げた。
「 あわれな盲でございます。どなたかお情け深い方、お聞きください。私は我がイギリスを守るための戦争で、大事な目をつぶした者でございます。ここは、どの辺のどんな所でございましょうか? 」
しかし、僕の他には誰もいない。
「 ここはブラック・ヒルの入り江の “ ベンボー提督亭 ” だよ、おじさん! 」
僕が言うと男はまたいった。
「 おお、そのお声はお若い方の様だ。では御親切なお若い方。どうか、御手を貸して中へ入れてくださいまし。お願いします・・・・。」
その声はいかにも哀れに聞こえた。
で、僕が手を差し出してやると、男はやにわに僕のその手をもの凄い力で摑んだ。
驚いた僕は慌てて引き離そうとした。だが、もがけばもがくほど男の手に力が入り、体までがぐいっと引き寄せられてしまった。
「 やい小僧! 俺を “ 船長 ” の所へ連れてくんだ! 」
今までとはまるで違う、嗄( しゃが )れた怖い声だ。
「 でも・・・、おじさんは誰ですか? 」
「 誰でもいい。さっさと連れて行くんだ。でないとこの腕をへし折るぞ! 」
「 でも “ 船長 ” はいま・・・すっかり変わってしまって・・・・。」
どもりながらも僕が言いかけると、
「 うるせい。つべこべ言うな! さっさと連れて行くんだ! そして『 ビルさんお友達ですよ! 』と、どなるんだぞ! 」
と、ますます強く腕を捩( ね )じ上げられてはもう仕方がない。僕は言われるまま酒場に入った。
“ 船長 ” は相変わらず酔っぱらって座り込んでいた。
「 “ 船長さん ” ! 」
僕が震え声で呼ぶと “ 船長 ” はゆっくり顔を上げたが、盲の姿を見た途端、あっ、と叫んで立ち上がろうとした。でも、もうそれだけの体力がないのだろう、よろよろっとよろけてどたりと椅子から落ちた。そしてその顔は、死人の様に青ざめていった。
「 おいビル! そこにじっとしていろ。俺は目は見えねえが、指一本動かす音だって聞こえるんだぞ! いいか、話はかんたんだ。さ、左手を上げろ! ーーー おい小僧、そいつの手首をつかんで、俺の手の所に持って来い! 」
僕は言われる通りにするしかなかった。“ 船長 ” も黙ってそうさせた。
と、盲は杖を握っていた手から “ 船長 ” の手へなにやらを渡した。“ 船長 ” はそれを握りしめた。
「 これで用はすんだぞ! 」
言いながら、盲はやっと僕の手を突き放した。と、途端に今度は盲とは思えないほどの速さでさっさと外へ飛び出して行った。
僕も “ 船長 ” も、暫くはあっけにとられた。声も出なかった。盲の杖の音がコツコツと遠ざかって行った。
やがて “ 船長 ” が思い出したように、盲が自分の手に残していった物を覗いた。
「 十時だと! 」
そしてさもいまいましそうに、盲の消えた方を睨みながら、
「 うん。まだ六時間もある。奴らを出し抜いてやれるぞ! 」
と叫んで立ち上がろうとした。が、ぐらっとよろけて変な声を出したと思った途端、ばたりと倒れてしまった。
「 あっ、“ 船長さん ”! 」
僕はそれから大声で母を呼び、“ 船長 ” の側に駆け寄った。しかし、いくら揺さぶっても手応えはなかった。
もう、息が止まってしまっていた。
『 “ 船長 ” はとうとう死んでしまった・・・・・・。』
哀れなその死に顔を見つめると、僕の目にはいつか涙が溜まっていた。
さんざん迷惑を懸けられ、少しも好きにはなれなかったんだが、そんな男でも死んでしまったということはやっぱり悲しいことだった。
僕は幾日もたたない間に、父とこの人と、二人の人間の死に出会ってしまったのだ。
🌿🌿🌿🌿🌿🌿🌿
盲目の男は海賊の仲間なのでしょうけど、残して行ったメモの時間に何があるのでしょうか? ジムの父親も船長も亡くなってしまったので、ベンボー提督亭に残されたジムはどうするのでしょう? ここはやはりリブジー先生に相談するのがいいと思います。
Sakuya ☯️
🌿🌿🌿🌿🌿🌿
訳者紹介
近藤 健( けん )氏
大正2年、秋田県に生まれる。
日本児童文芸家協会会員。主な著書に、『 はだかっ子 』『 一本道 』等がある。
少年少女世界の名作文学 第7巻 イギリス編
発 行/昭和40年9月20日
発行所/株式会社 小学館
編 者/©️ 名作選定委員会