~二人の未来は?~ あらくれ/entry78

おはようございます。
第78回目は文学の御紹介です。

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日本文学全集8
  徳田秋声
著 者/徳田 秋声氏

あらくれ
( 結婚相手 entry75の続き )
十二

 近所でも知らないような、作とお島との婚礼話が、遠方の取引先などで、意( おも )いがけなくお島の耳へ入ったりしてから、お島はいっそうはっきり自分の惨めな今の身のうえを見せつけられるような気がして、腹立たしかった。そしてそのことを吹聴してあるくらしい、作の顔がいっそう間ぬけてみえ、厭らしく思えた。
「 まだ帰らねえかい 」そう言って、小さい自分から学校へ迎えに来た作は、昔も今も同じような顔をしていた。
「 外に待っておいで 」お島はよく叱りつけるように言って、入口の外に待たしておいたものだが、今でもやっぱり、下駄に手をふれられても身ぶるいがするほど嫌であった。
 婚礼談が出るようになってから、作は懲りずまによくお島の傍へ寄ってきた。よそ行きの化粧をしているとき、彼は横へ来てにこにこしながら、横顔を眺めていた。
「 あっちへ行っておいで 」お島はのしかかるような疳癪( かんしゃく )声を出して逐( お )い退けた。
「 そんなに構わんでもいいよ 」作はのそのそ出ていった。
 作の来るのを防ぐために、お島は夜自分の部屋の襖に心張棒( しんばりぼう )を突支( つつか )えておいたりしなければならなかった。
「 厭だ厭だ、私死んでも作なんどといっしょになるのは厭です 」お島は作のいる前ですら、始終母親にそう言って、剛情を張り通してきた。
「 作さんがとうとうお島さんのお婿さんに決ったそうじゃないか 」
 お島は仕切を取りにゆく先々で、からかい面で訊かれた。足まめで、口のてきぱきしたお島は、十五六のおりから、そうした得意先まわりをさせられていた。お島のきびきびした調子と、蓮葉な取引とが、いたるところで評判がよかった。物馴れてくるにしたがって、お島の顔はいっそう広くなっていった。
 それが小心な養父には、気に入らなかった。時々お島は養父から小言を言われた。
「 いいじゃありませんか阿父( おとっ )さん、家の身上( しんしょう )をへらすような気遣いはありませんよ 」お島は煩( うる )さそうに言った。
「 阿父さんのように吝々( けちけち )していたんじゃ、手広い商売はできやしませんよ 」
 ぱっぱとするお島の遣口( やりくち )に、不安を懐( いだ )きながらも、気無性( きぶしょう )な養父は、お島の働きぶりを調法がらずにはいられなかった。
「 嘘ですよ 」
お島は作と自分との結婚を否認した。
「 それでも作さんがそう言っていましたぜ 」取引先のある人は、そう言っておもしろそうにお島の顔を瞶( みつ )めた。
「 あのばかの言うことが、信用できるもんですか 」お島は鼻で笑っていた。
 王子の方にある生家へ逃げて帰るまでに、お島の周囲には、その噂がいたるところに拡がっていた。
「 それじゃお前は、どんな男が望みなのだえ 」おとらはしまいにお島に訊ねた。
「 そうですね 」お島はいつもの調子で答えた。
「 私はあんなぐずぐずした人は大嫌いです。ちっとは何か大きい仕事でもしそうな人が好きですの。そして、もっと綺麗に暮らしていけるような人でなければ、一生紙をすいたり、金の利息の勘定してるのはつくづく厭だと思いますわ 」


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 お島さんと作さんはどうなるのでしょうか。
  Sakuya ☯️



日本文学全集8 徳田秋声
著 者/徳田 秋声氏
発 行/昭和42年11月12日
発行所/株式会社 集英社