~見つからないで~ 宝島より/entry82

おはようございます。
第82回目は文学の御紹介です。

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少年少女世界の名作文学7 】
  イギリス編

 宝 島( entry77 の続き )
 著 者/スチーブンソン氏
 訳 者/近藤 健( けん )


 ( 四 )“ 船長 ” の衣類箱

 その “ 船長 ” の手の側に、片面を黒く塗った小さな紙切れが落ちていた。あの “ 黒まる ” だった。片面には、はっきりした字で『 今夜の十時までだぞ 』と書いてあった。
「 十時までだとすると・・・・・ 」
 僕がつぶやくと、母が時計の方にろうそくをかざした。ちょうど六時だった。
「 まだ時間はあるけど・・・・。まず、あの箱のかぎを見つけないと。きっと体に付けているだろうが、こんな飲んだくれの死体にさわるなんて・・・・・ 」
母はべそをかいた。
その母に代わって、僕は死体のポケットを次々探してみた。が、ナイフと紙たばこなどばかりで、かんじんの鍵は出てこない。
「 ひょっとすると首にかけているかも・・・・」
また母がいった。僕は気味悪かったが、冷たい死体の胸をはだけて探ってみた。と、なるほど、汚れたひもにつないで首からぶら下げていた。
それをナイフで切り取って二人は二階へ急いだ。
長い間 “ 船長 ” の寝ていた部屋はすっかり陰気臭くなっていた。でも衣類箱はいつもの所にあった。
「 どれ、早く鍵を! 」
そして母は、何度かひねり回してふたを開けた。
開けたとたんたばこの匂いがぷーんとした。が、1番上にはきちんとたたんだ上等の服がひとそろいあった。続いてその下から幾本かのたばこ、立派なピストルが2丁、銀の棒、古いスペイン製の時計、そして、あまり値打ちのない身の回りの物が幾つも出てきた。が、その中に、西インドの海の珍しい貝殻が幾つか入っていたのは、ならず者の “ 船長 ” の箱だけになんだか不思議な気がした。
さて、その下には古びた船乗りの作業服が1着ーーー母はせっかちにそれを払いのけた。と、もう箱の中の最後の物ーーー油紙にくるんだ書類のような物と、触るとざくざく金の音のするズックの袋だった。
「 やっぱり金はあったよ! だがね ジム、あの海賊どもだって人間だろう。私が正直な女だということを見せてやらないと! 」
「 えっ? 」
「 私のもらい分だけはきちんともらうけど、その他はびた一文だって取らないことにするよ。さあ、さっきのクロスリーのおかみさんの袋・・・その口を開けて持っていておくれ! 」
やがて母は船長の金袋からこっちの袋へ、一つ一つ数えながら入れ始めた。しかし、これはなかなか時間のかかることだった。だいいちその金は色々の国の物が混ざっていて、より分けるのが大変だった。
 もらい分の半分ほど数えた時だった。僕はびくっと思わず母の手を押えた。外の方からあのめくらの杖の音がコツコツと聞こえてきたからだ。
母もぞっと体を硬くした。杖の音はだんだん近づいて来て、やがて入り口のドアをガタガタと鳴らし始めた。ドアには鍵をかけてきたもののもし壊されでもしたら・・・と思うと生きた気もしない。僕達は息を殺し、体を硬くしているしかなかった。
ドアの音はしばらく続いたが、どうしても開かないと分かってあきらめたのか音は止んだ。それからまた、コツコツと杖の音が聞こえ始めた。
帰っていくのだ、とはっきり分かって二人はやっと長い息を吐いた。
「 さ お母さん、この金をみんな持って早く逃げよう! 」
僕がせき立てると母は、今度は意外と落ち着いた声で、
「 ね ジム、私はね、余計なお金は一文も取らない代わりに、一文でも少なかったら承知できないんだよ! 」
また数え始めた。
僕はそんな母に腹が立ってきた。自分だって心の中ではきっと震えているに違いない。そのくせつまらない意地を張っているのだ。
「 ね お母さん! 」
しかし母は止めない。僕の気持ちはいよいよいら立ってくる。
と、まだまだ全部を数えきれないうちに遠くの方で口笛が鳴った。きっと仲間達への合図だろう。
今度はさすがの母も慌てだした。
「 ジム、数えた分だけ持って逃げようか? 」
「 だからいってるじゃないか。さ 早く! ーーーよし、足りない分の代わりにこれを持っていこう! 」
「 それは? 」
「 なんだか分からないけど、大事そうな物だからね! 」
僕は油紙にくるんだ小さな包みを持った。
それからの二人はまた夢中だった。ろうそくを箱の側へ残したまま手探りで下へ降り、入り口の鍵を開けるが早いか走った。
 霧はだいぶ晴れてきていた。月ももうかなり高く登って、両側の高地を照らしていた。だが幸いにも、家の周りは低い場所だからまだ月の光も受けないし、薄い霧も残っていた。
「 今のうちに出来るだけ遠くまで! 」
二人は走ったーーーといっても走るのは僕の気持ちだけで、母の方はまるで歩いているみたいなのろさだ。それでいて、はあはあと苦しがっている。
 やっと半分程の所まで来たが、そこからは月の光の中へ出なければならなかった。
いや、おまけに人の足音と揺れながら近づいてくる明かりも、二つ三つ見えた。
「 ああ、もう・・・・・ 」
とうとう母はうめき声をあげて倒れそうになった。
「 お母さん! しっかりしてよ! 」
僕が慌てて体をかかえると
「 ジム、私はもうだめだよ。私にかまわず、この金の袋を持って逃げておくれ! 」と、もたれかかって気を失いかけている。さっきはあんなに欲張りだったのに今になってこうも気の弱くなった母が、僕は恨めしかった。
「 しっかりしてよお母さん! ーーーーー それじゃしばらくどっかへ隠れよう! 」
まったくそうするしかなかった。
 僕達は小さな橋の側に来ていた。僕はよろける母を助けて、ともかく土手の下まで降りた。だが、橋の下は低くて一人だけがやっとだ。それでまず、母をそこへ隠そうと思ったが、ぐったりしている体は重くて動かすことが出来ない。
僕はもう運を天にまかせた。ほとんど丸見えの母の体に自分の体を被せて、そのままじっとしているしかなかった。



* 原本より漢字表記を多めに使用しています。



訳者
近藤 健( けん )
大正2年秋田県に生まれる、日本児童文芸家協会会員。
主な著書に『 はだかっこ、一本道 』等がある。


発 行/昭和40年9月20日
編 者/©️ 名作選定委員会
発行所/株式会社 小学館