第7回目は『 entry06 』の続きです。
【 少年少女 世界の名作文学7 イギリス編 】
宝島 『 entry 05 』の続き
作 者/ロバート・ルイス・スチーブンソン氏
訳 者/近藤 健( けん )氏
第一章 老海賊
( 二 )黒犬現れる
その冬は寒さが特別ひどかった。
いつまでもきびしい霜がおり、強い風が吹きすさんだ。
父の病気はますます悪くなって、どうも春まではもちそうにもなかった。だから宿屋のことも、なにからなにまで母とぼくとでやらなければならなかった。
そんなこんなわけで、ぼくはもう “ 船長 ” のことなどにはかまってもいられなかった。
ところがそんなときになって、はじめての事件がもちあがったのだ。
一月のある朝早くだった。
入り江のほとりは、いちめんに霜でおおわれていた。太陽はまだ低くて、丘の頂きだけを照らしていた。
いつもより早く起きた “ 船長 ” は、なぎさのほうへおりていった。あいかわらずの古びた上着に船乗り刀をぶらさげて、望遠鏡をこわきにかかえていた。冷たい空気のなかを歩いていく “ 船長 ” のうしろには、吐きだす息がまるで白い煙のように流れていた。
母が二階の父のところに行っていたので、“ 船長 ” の朝食のしたくはぼくがしていた。
と、ふいに入り口のドアがあいて見たことのない男がぬっとはいってきた。顔色は青白くて、からだつきもきゃしゃだったが、それでも海の男らしいにおいもするし船乗り刀もさげていた。
ぼくはとっさに “ 船長 ” のことばを思い出して、まず、男の足を見てみた。と、足はたしかに日本あった。それでほっとしたが、すぐまたおやっ? と思った。
その男は足はたしかに二本だが、そのかわり、左手の指が二本なくなっていた。
「 なんの用ですか? 」
ぼくはどぎまぎしながら聞いた。
「 うん、 おいこぞう。この朝めしはおれの仲間のビルのかい? 」
海の男はやはりしゃがれごえだった。
「 さあ、ビルという人は知りません。これはうちで “ 船長 ” さんと呼んでいるお客さんのです。」
ぼくは正直にいってやった。
「 なに、 “ 船長 ” さん? うーん、おれの仲間のビルなら “ 船長 ” と呼んでもおかしくないだろう。 片方のほっぺたに傷があって、なかなかおもしろい男さ。酔っぱらったときはとくにね・・・。ところで、その “ 船長 ” という男にも傷があるだろう。それもよ、右のほっぺたによ? ほれみろ、あたったろう! ふーん。で、そのビルはいまこのうちにいるのかい? 」
「 その人なら散歩にででいます。」
「 なに、散歩だと・・・。どっちのほうだ? 」
「 向こうのほうへです。でも、もう帰るころだからぼく見てきます! 」
ぼくが外に出ようとすると、男はとたんにあわてだした。
「 おい、やめろ。はいるんだ! 」
大きなどなり声に、ぼくはつい立ちすくんだ。すると男はぼくの腕を引っぱって、
「 なあ ぼうや、いい子じゃねえか。おれはおめえのような子どもが好きなんだよ。ーーー おれにもむすこがひとりあるんだが、おめえとよく似てるんだよ。そのせいか、おれはほんとうにおめえが好きになったんだよ・・・・・。」
こんどは、気味わるいほどのねこなで声でいった。が、それでも窓から外を見ることだけはやめなかった。
「 おっ あいつだなっ? ーーー うーん、やっぱりビルだぞ。望遠鏡をかかかえやがって・・・。」
男が変に緊張しだしたので、ぼくが奥へひっこもうとすると、
「 なあ ぼうや、おめえはいい子じゃねえかよ。だからよ、おれとおめえがこのドアのうしろに隠れていて、ちょっとばかりビルのやつをびっくりさせてやろうじゃねえかよ。ひさしぶりのご対面だからごあいきょうによ・・・。」
男はぼくのからだをぐいっと引っぱって、じぶんのうしろにまわした。ふたつのからだは、はいってくる人にはみえないわけだ。
しかし、ぼくはだんだん不安になった。
なにか悪いことでも起こりそうな気がした。
だいいち男はただのいたずらだ、といっていながら刀のつかに手をかけて、イツでも抜けるように構えていた。その手はぶるぶるふるえているし、目もすごいほどに血走っていた。
“ 船長 ” は、とうとう大またにはいってきた。うしろ手でバタン! とドアをしめると、そのまま酒場を突っ切って、朝めしのテーブルに近づいていった。
「 ビル! 」
男がうしろから声をあびせかけた。
“ 船長 ” はびくっとふり向いた。と、その顔からみるみる血のけがひき、ゆうれいのように青くなった。
「 おい ビル? おれを知ってるだろうな。まさか、昔の仲間を忘れやしめえな! 」
ごあいきょうどころか、はっきりけんかを売っているいい方だ。
「 うーん、“ 黒犬 ” だな! 」
“ 船長 ” もあえぎながらうなった。
「 そうさ、でなくてだれなもんかい。その “ 黒犬さま ” が昔の友だちのビルに会いにやってきたのさ。ところで、やいビル! おれたちふたりはよ、おれがこの二本の指をなくしてからずいぶんいろいろなことに出会ったっけな! 」
男 ーー いや “ 黒犬 ” は、そして三本の指しかない手を高くあげて振った。
「 よしやがれ “ 黒犬 ” ! てめえ、とうとうおれをつきとめたな、おれは逃げはせん。さあ、なんなりといえ なんの用だ! 」
“ 船長 ” もどうやら、顔の赤味を取りもどして黒犬をにらみかえした。
「 ほう さすがはおめえだよ。やいビル! だがそれよりまず、おれはこのぼうやからラムを一杯もらうとしよう それからだよ。昔の仲間らしく、ざっくばらんに話し合うことにしようじゃねえかよ。」
次回へ続きます。
執筆者紹介
近藤 健( けん )氏
大正2年秋田県に生まれる。
日本児童文芸家協会会員。主な著書に「 はだかっこ 」「 一本道 」等がある。
世界の名作文学 イギリス編
発 行/昭和40年9月20日
編 者/©️ 名作選定委員会
発行所/株式会社小学館